受動喫煙防止イエローグリーンライトアップ運動に関する考察

以前、当サイトでイエローグリーンライトアップに関する考察を掲載しましたが、よりシンプルにまとめ、日本禁煙医師連盟通信第34巻第2号に投稿いたしました。

投稿にあたり、ご支援くださったみなさまに心から感謝もうしあげます。

以下、その記事について転載します。


1.はじめに

近年、受動喫煙防止イエローグリーンライトアップ運動は、日本全国に広がりを見せている。イエローグリーンは、「受動喫煙をしたくない、させたくない」という意思を周囲に示す色とされ、建物や景観のライトアップを通じて受動喫煙防止やその対策の重要性を伝えることを目的としている1。本運動は、2003年に佐世保市民のアイデアで始まったアウェアネスリボン運動を起源とし、京都府が国内で初めてライトアップを実施したとされている1。その後、2020年の第14回日本禁煙学会総会での言及2 や、福島県医師会、自治体、企業、賛同団体との連携3 を通じて全国へと拡大した。具体的には、世界ノータバコデー(5月31日)および禁煙週間(5月31日~6月6日)に合わせて、全国各地の自治体庁舎、病院、ランドマークなどでイエローグリーンライトアップが実施されている4

本考察は、このイエローグリーンライトアップ運動に対し提起されている主要な懸念、すなわち費用対効果の低さ、手段の目的化、メッセージの陳腐化、およびタバコ産業による悪用の可能性について、国内外の事例や最新の調査結果に基づき客観的な検証を行うものである。なお、本考察は構成にあたり生成AI(Gemini)の助けを借りている。

 

2.イエローグリーンライトアップ運動の現状と課題

(1)運動の広がりと効果測定の欠如

前述の通り、全国の自治体、医療機関、公共施設、ランドマークなど多数の場所でイエローグリーンライトアップが実施されている4

しかし、この運動が具体的な数値目標を設定し、ライトアップがその目標達成にどの程度貢献したかを測定する指標を公開している事実は確認できない5。キャンペーンの予算規模に関する明確な情報も不足しているが、ポスター・チラシ製作費や広報費用、ライトアップ継続費用として20万円程度の支援が呼びかけられている事例が存在する6。広報PR施策の効果測定においては、理想と現状のギャップ分析、目的の明確化、定量的な指標設定が不可欠であると指摘されている7

 

(2)費用対効果に関する懸念

ライトアップのような視覚的なインパクトの大きい活動は、実施者や参加者に「やりとげた感」をもたらしやすい。しかし、この「やりとげた感」が、実際の行動変容や社会的な変化を定量的に測定する指標の欠如と結びつく場合、活動が自己満足に陥るリスクを孕む。具体的な行動変容への寄与を示すデータがない現状は、投入される予算や人員が、より実効性の高い他のタバコ対策に充てられた場合と比較して、費用対効果が低い可能性を示唆する。これは、リソースが「見える化」された活動に偏り、真の公衆衛生課題解決に繋がらない「象徴的行動の罠」に陥っている可能性を提起する。

限られた予算と人員がイエローグリーンライトアップに費やされることは、より直接的かつエビデンスに基づいたタバコ対策(例:禁煙支援プログラム、三次喫煙・シーシャ・加熱式タバコに関する詳細な啓発活動など)への資源配分が減少することを意味する。これは、短期的な「見える成果」に注力することで、長期的な、より複雑な課題解決への投資が疎かになるという、チャリティイベントや社会運動の批判点8 と共通する構造である。

 

3.シンボルカラーを用いた啓発活動の有効性に関する考察

(1)国内外のライトアップキャンペーン事例とその評価

世界自閉症啓発デーには、青色をシンボルカラーとし、世界中でランドマークなどを青くライトアップする「ライト・イット・アップ・ブルー」イベントが開催されている9。このキャンペーンも、イエローグリーンライトアップと同様に、その効果を評価する具体的な学術論文やデータは公開情報からは確認できない状況である。視覚的なキャンペーンは、特定の疾患や社会問題に対する「認知度」を高める効果は期待できるが、認知度向上は行動変容の第一歩に過ぎず、それ自体が最終的な公衆衛生目標達成を意味するものではない。

「アイスバケツチャレンジ」は、筋萎縮性側索硬化症(ALS)への認知度向上と資金調達に大きく貢献した一方で、その安全性、指名による同調圧力、寄付よりもパフォーマンスが目的化する点、そして短期的なブームで終わる可能性が批判された8。チャリティイベントの評価に関する論考では、短期的なアウトプットと長期的なインパクトの乖離が指摘され、資金提供者は長期的な成功に焦点を当てるべきであると論じられている10。ライトアップも同様に、一過性の視覚的イベントとして「話題性」は生むかもしれないが、それがタバコ対策の「持続性」ある進展に繋がるかは不透明である。

 

(2)象徴的行動が目的化するリスク

社会運動における象徴的行動は、時にそれ自体が目的となり、本来の目標達成に向けた具体的な戦略や行動の検討を阻害する「思考停止」を招く可能性がある。象徴的行動が「集団的アイデンティティの構築」や「社会へのメッセージ伝達」として機能する一方で、それが「手段の目的化」に陥ると、実効的な課題解決から乖離するリスクがある11

ライトアップ運動が「やりとげた感」や「参加者の満足感」を重視するあまり、運動自体が内向きになり、外部の公衆衛生環境やタバコ産業の新たな戦略への適応が遅れる可能性が考えられる。イエローグリーン運動のメッセージが固定化し、新たなタバコ製品や喫煙形態(三次喫煙、シーシャ、加熱式タバコ)といった変化に対応できていない場合、それは運動の思考停止と外部環境への適応不全を示唆する。

 

4.受動喫煙に関する国民意識とコンセンサスの現状

厚生労働省の2023年国民健康・栄養調査(2024年公表)によると、習慣的に喫煙している20歳以上の男女の割合は15.7%と減少傾向にある12。受動喫煙の機会があったと回答した者の割合も、2019年調査と比較して飲食店でおよそ半減(16.0%)、遊技場で4割程度(10.7%)に減少した12。一方で、「路上」での受動喫煙が25.5%と最も高く、次いで「職場」が17.0%となっている12。大阪府の調査(2024年度)でも、おおよそ1カ月間に受動喫煙があったと回答した者は38.7%と、2023年度の62.2%から大きく減少している13

国立がん研究センターの2022年世論調査によると、20歳以上全体でタバコ煙を「不快に思う」と回答した人は55.6%、「どちらかといえば不快に思う」と合わせると81.7%に達する14。非喫煙者の75.3%が「受動喫煙のない社会をめざし、公共空間での喫煙を一律に禁止すべきである」または「受動喫煙を減らすように、公共空間の喫煙に対する規制を強化すべきである」と回答しており、禁止や規制の強化を強く求める意見が多いことが示唆されている14

最新の調査結果は、受動喫煙の健康被害に対する国民の意識が既に高く、公共空間での受動喫煙機会も減少傾向にあることを明確に示している。特に非喫煙者の間では、受動喫煙防止や規制強化への強いコンセンサスが形成されている14。この状況下で、イエローグリーンライトアップが掲げる「受動喫煙したくない、させたくない」というメッセージは、既に広く共有された認識であり、新たな行動変容を促す効果は限定的である可能性が高い。既存のコンセンサスを再確認するだけのメッセージは、資源の非効率な利用に繋がり、啓発効果が逓減する「メッセージの飽和」状態を示唆する。

 

5.タバコ産業による「分煙」の悪用とメッセージの共存リスク

公衆衛生キャンペーンのメッセージが、産業界によって意図せず、あるいは意図的に利用される事例は存在する。タバコ産業は、公衆衛生機関の信頼性を低下させ、資金源を減らすための明確な戦略を持っていたことがWHOの検証で明らかになっている15。また、タバコ産業は、科学者や医師を巻き込み、受動喫煙の健康影響を否定する研究に資金提供し、その関与を秘密にするなど、科学への干渉を行ってきた16

イエローグリーンライトアップのメッセージ「受動喫煙したくない、させたくない」は、タバコ産業にとっては「喫煙者の配慮」や「分煙の必要性」を主張するための格好の材料となり得る。これは、公衆衛生運動のメッセージが、意図せずして産業界の利益に資する形で「共存」の論理を補強してしまうリスクを孕む。

「グリーンウォッシング」とは、企業が実際には環境に配慮していないにもかかわらず、環境に優しいかのように見せかける欺瞞的なマーケティング手法である17。イエローグリーンライトアップ運動が、その実効性や費用対効果の検証が不十分なまま「受動喫煙防止に取り組んでいる」という印象を与えることに終始する場合、これは「グリーンウォッシング」の概念と類似する「ヘルスウォッシング」のリスクを孕む。

 

6.結論と提言

(1)イエローグリーンライトアップ運動の懸念点の総括

イエローグリーンライトアップ運動は、その視覚的なインパクトと「やりとげた感」にもかかわらず、具体的な啓発効果の測定が不足しており、費用対効果の点で疑問が残る。最新の国民意識調査が示すように、「受動喫煙したくない、させたくない」というメッセージは既に社会的なコンセンサスとなっており、新たな行動変容を促す効果は限定的である。これにより、運動が手段の目的化に陥り、思考停止を招くリスクが存在する。さらに、タバコ産業は歴史的に「分煙」を推進し、「共存」「配慮」といった言葉を巧みに用いて喫煙規制の緩和を図ってきた。イエローグリーン運動のメッセージは、タバコ産業による「分煙」推進の口実として悪用される懸念があり、これは「グリーンウォッシング」にも類似する構造である。

 

(2)今後のタバコ対策における優先順位と戦略的アプローチ

タバコ対策に関する資源(労力、カネ等)は、現状極めて限られていることから、既に高いコンセンサスが得られている受動喫煙の基本的な啓発よりも、三次喫煙、シーシャ、加熱式タバコといった、国民の認知度が低く、健康リスクが十分に理解されていない新たなタバコ関連問題への啓発に優先的に投入されるべきである。タバコ産業の戦略を深く理解し、その「共存」や「配慮」といったレトリックに惑わされることなく、エビデンスに基づいた全面禁煙の推進、および新規タバコ製品への厳格な規制強化に注力すべきである。

 

引用文献

  1. 令和7年度イエローグリーンキャンペーン普及啓発活動について – 東根市, 2025年7月26日にアクセス、 https://www.city.higashine.yamagata.jp/section_list/section028/2365
  2. イエローグリーンキャンペーンの意義について – 日本禁煙学会, 2025年7月26日にアクセス、 http://www.jstc.or.jp/uploads/uploads/files/journal/gakkaisi_231228_119.pdf
  3. 第14回日本禁煙学会学術総会, 2025年7月26日にアクセス、 http://www.tohoku-kyoritz.jp/jstc2020/yellowgreen.html
  4. イエローグリーンキャンペーン – 福島県医師会, 2025年7月26日にアクセス、 https://www.fukushima.med.or.jp/ygcarchive/
  5. 2025年世界ノータバコデー5/31 YG色ライトアップキャンペーン ライトアップ場所, 2025年7月26日にアクセス、 http://www.jstc.or.jp/modules/activity/index.php?content_id=26
  6. 愛する人をタバコから守るためイエローグリーンキャンペーンにご協力を! – Syncable, 2025年7月26日にアクセス、 https://syncable.biz/campaign/7880
  7. 広報PRにおける効果測定とは?指標の決め方・8つの効果測定方法・ポイントを紹介 – PR TIMES, 2025年7月26日にアクセス、 https://prtimes.jp/magazine/measurement-of-pr-effectiveness/
  8. アイスバケツチャレンジの起源や流行から社会的意義と最新寄付 …, 2025年7月26日にアクセス、 https://wiple-service.com/column/icebucketchallenge-history-impact-donation/
  9. 福祉を起点に新たな文化をつくりだすブランド「HERALBONY」が、世界自閉症啓発デーに合わせ、南青山の美容室 NORA HAIR SALONにてアート展を開催。オンラインミュージアムも同時オープン。 | 株式会社ヘラルボニーのプレスリリース – PR TIMES, 2025年7月26日にアクセス、 https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000016.000039365.html
  10. Why funders should focus on long-term success – Charity Digital, 2025年7月26日にアクセス、 https://charitydigital.org.uk/topics/why-funders-should-focus-on-long-term-success-11673
  11. (PDF) Trashing the System: Social Movement, Intersectional Rhetoric, and Collective Agency in the Young Lords Organization’s Garbage Offensive – ResearchGate, 2025年7月26日にアクセス、 https://www.researchgate.net/publication/240515949_Trashing_the_System_Social_Movement_Intersectional_Rhetoric_and_Collective_Agency_in_the_Young_Lords_Organization’s_Garbage_Offensive
  12. 令和5年「国民健康・栄養調査」の結果, 2025年7月26日にアクセス、https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_45540.html
  13. 2024年12月 大阪府健康医療部健康推進室 受動喫煙防止対策における府民への意識調査(概要), 2025年7月26日にアクセス、 https://www.pref.osaka.lg.jp/documents/54424/2024fuminngaiyo.pdf
  14. 成人年齢とたばこについての世論調査結果 成人18歳、喫煙20歳年齢制限下の意識や課題を調査, 2025年7月26日にアクセス、 https://www.ncc.go.jp/jp/information/pr_release/2022/0531/index.html
  15. 受動喫煙の健康影響とその歴史 Health effects of second-hand smoke exposure, 2025年7月26日にアクセス、 https://www.niph.go.jp/journal/data/69-2/202069020003.pdf
  16. たばこ会社は喫煙問題にどう対応したのか, 2025年7月26日にアクセス、 http://plaza.umin.ac.jp/phnet/smoke.htm
  17. グリーンウォッシュとは?事例から学ぶグリーンウォッシュの実態と法規制の最新動向まで解説!, 2025年7月26日にアクセス、 https://green-transformation.jp/media/sustainability/071/